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横浜地方裁判所 平成5年(モ)1299号 決定 1994年10月13日

主文

相手方(被告)は、別紙文書目録記載の文書を当裁判所に提出せよ。

理由

一  申立人の本件申立ての趣旨及び理由は別紙(一)記載のとおりであり、相手方の意見は別紙(二)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断は次のとおりである。

1  本件訴訟は、頚椎性脊髄症で手術後、四肢麻痺の症状が残存したため、相手方の開設する横浜市総合リハビリテーションセンター内の身体障害者更生施設(本件更生施設という。)において職場復帰のための機能回復訓練を受けていた申立人が、相手方により、同施設への入所に当たつてはリハビリテーションを実施するために必要な範囲を超える財産状況調査、知能・心理テストを受けさせられ、入所後においては職場復帰訓練とは関係のない排泄・入浴動作の評価を要求されるなどしてプライバシーを侵害されて精神的苦痛を蒙つた上、相手方の安全配慮義務違反により、同施設が実施したリハビリテーション中に訓練用ロール(同筒状器具)が申立人の右足に当たつて転倒したため症状が悪化した等と主張して、相手方に対し、第一次的には債務不履行に基づき、第二次的には不法行為に基づき、慰謝料、介護費用等の損害賠償を請求するものである。相手方は、入所前の諸調査の実施主体が相手方であることを否認するとともに、右調査並びに入所後の排泄・入浴動作の評価の必要性、適法性を主張してその違法性を争い、また、転倒事故に関しては自らの過失を否認して争つている。以上の事実は、当裁判所に顕著である。

2  ところで、民事訴訟法三一二条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係(契約関係に止まらない)それ自体を記載した文書又は右の法律関係の生成する過程で作成された文書等その法律関係に関連ある事項を記載した文書であつて、所持者又は作成者によりもつぱら自己使用の目的で作成された文書以外の文書をいうと解すべきである。

3  そこで、これを別紙文書目録記載の文書(本件文書という。)について検討する。

(一)  身体障害者福祉法(以下、「法」という。)は、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するため、身体障害者を援護し、及び必要に応じて保護し、もつて身体障害者の福祉の増進を図ることを目的とするものであり(身体障害者福祉法一条)、法は、身体障害者に対し、自ら進んでその障害を克服し、その有する能力を活用することにより、社会経済活動に参加することができるように努めなければならないものとするとともに、身体障害者は社会を構成する一員として、社会、経済、文化その他のあらゆる分野の活動に参加する機会を与えられなければならないものと定め(二条一、二項)、国及び地方公共団体は、右の理念が具現されるように配慮して、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するための援助と必要な保護(これらを更生援護という。)を総合的に実施するように努めなければならないものと規定している(三条一項)。身体障害者に対する福祉行政の最終責任は国(厚生大臣)にあるが、その具体的な援護は身体障害者の居住地の市町村が実施するものとされ(九条一項)、市町村は身体障害者の相談に応じ、その生活の実情、環境等を調査し、更生援護の必要の有無及びその種類を判断し、本人に対して、直接に、又は間接に社会的更生の方途を指導すること並びにこれに付随する業務を行うものとされている(九条三項二号〔平成二年法律第五八号による改正後の規定〕)。そして、市町村長は、右の業務を行うに当たつて、特に医学的・心理学的及び職能的判定を必要とする場合には、身体障害者更生相談所の判定を求めなければならない(九条五項〔右改正後の規定〕)ものとされている。身体障害者更生相談所は、身体障害者の更生援護のため、及び市町村の援護の適切な実施の支援のため、必要の地に設置されるものであり、法九条五項の規定を受けて、身体障害者の福祉に関し、身体障害者の医学的・心理学的及び職能的判定の業務等を主として行うものである(法一一条一、二項、一〇条一項二号〔いずれも右改正後の規定〕)。更に法は、身体障害者更生援護施設の設置について規定し(二七条一項ないし四項)、身体障害者を入所させて、その更生に必要な治療又は指導を行い、及びその更生に必要な訓練を行う施設として、身体障害者更生施設を設けることとしている(二九条)。市町村は、身体障害者の診査及び更生相談を行い、必要に応じて、身体障害者更生援護施設への入所又はその利用を必要とするものに対しては、当該地方公共団体の設置する当該施設に入所させ、若しくはそれを利用させ、又は国若しくは他の地方公共団体若しくは社会福祉法人の設置する当該施設にこれらの者の入所を委託する措置を採らなければならないものとしているのである(一八条四項三号〔右改正後の規定〕)。

ところで、相手方は、心身に障害があるもの等(障害者等という。)に対し、専門的かつ総合的なリハビリテーションを行う施設として設置されたものであり(横浜市総合リハビリテーションセンター設置条例〔設置条例という。〕一条)、障害者等に対する医学的、心理学的、社会的及び職能的な相談、評価、指導及び訓練並びに障害者等に対する治療等の事業を行うものである(設置条例二条)。そして、相手方は、右の事業を行うため、法二九条に定める身体障害者更生施設(本件更生施設)を置くものとされている(設置条例三条四号)。そして、右身体障害者更生施設においては、入所者に対し、更生施設の担当医の指示に従つて機能回復訓練が行われるほか、心理的更生訓練、社会生活技術訓練、職業的更生訓練等が併せて行われ、総合的観点から身体障害者の自立及び社会生活活動への参加を図ることとされている(弁論の全趣旨)。

(二)  本件記録によると、申立人は、東京医科歯科大学歯科衛生士学校を卒業後、横浜市学校保健会に就職し、歯科保健事業担当歯科衛生士として児童の歯口清掃検査・歯科保健指導の業務に従事していたこと、申立人は、昭和六三年六月ころ横浜市立大学病院において頚椎症性脊髄症と診断され、平成元年一月に横浜南共済病院において頚椎前方固定術の手術を受けたこと、申立人は、平成二年九月から三か月間相手方の診療所に外来患者として週一回程度通院してリハビリテーションを受けたこと、申立人は、相手方においてリハビリテーションを受けることを希望して横浜市港北福祉事務所(横浜市福祉事務所長委任規則により、本件に係る横浜市の事務は福祉事務所長に委任されている。)に対し、身体障害者更生施設への入所の申込をしたこと、これに対し、同福祉事務所は、申立人の更生援護の必要性の有無及びその種類を判定するために、医学的、心理学的及び職能的判定を横浜市身体障害者更生相談所に依頼したこと、この依頼を受けた同身体障害者更生相談所は、申立人に対する医学的、心理学的及び職能的判定を行い、その結果を同福祉事務所に通知したこと、申立人は、平成三年一月一日に同福祉事務所の措置決定を受け、同七日から本件更生施設での通所訓練を受けていたことが一応認められる。

(三)  ところで、平成五年三月三一日社援更第一〇七号厚生省社会・援護局長通知による廃止前の「身体障害者更生相談所の設置及び運営について」(昭和六〇年九月二〇日社更第一二六号厚生省社会局長通知)によると、身体障害者更生相談所が福祉事務所長から医学的・心理学的及び職能的判定を求められたときは、必ず判定会議の方式により判定をしなければならないものとされ、その会議は、身体障害者の更生目標とその実行方法を決定するものであること、更生目標とその実行方法の決定に当たつては、客観的に妥当と考えられる内容について一致した見解をもつて行うものであることとされている(第2の2の(2))。そして、判定業務の指標として、必ず医学的判定としては、<1>原(傷)病名及び機能障害の現況の把握を行うこと、<2>全身所見及び機能障害の現況とにより治療の要否、更生訓練の要否、職業補導の要否、就職の可否を判定し、必要な施設を判定すること、<3>職業能力を増進するための更生医療の要否を判定し、治療後において確保しうる動作能力の程度を予測すること、<4>機能障害の現況と日常的、職業的作業動作とを勘案して補装具の処方を行い、又はその適合の状況を観察すること、<5>医学的見地から全身所見及び機能障害と就業し得べき職業との関係を判定すること、<6>必要に応じ、日常起居及び職能向上のための設備の改善を判定することとされている。次に、心理学的判定としては、<7>心理学的諸検査の結果に基づき心理的特性を把握し、その全人格の総合的判定を行うこと、<8>その全人格に作用している身体的、心理的影響因子の判定をすること、<9>心理的影響因子の排除、規正並びに心理的特性の矯正に関する適応訓練の要否を判定すること、<10>精神異常、病的人格、神経症状あるいは精神薄弱等の精神的障害の有無を判定し施設利用の要否について判定することとされている。そして、職能的判定としては、<11>動作能力の可能限度を知り、職業分析との関係において作業条件に対する適応力を評価して適職を判定すること、<12>性能及び作業資質を把握し適職を判定すること、<13>心理学的諸検査に基づいて精神的資質を把握し、生活、環境及び障害を勘案して適職を判定すること、<14>選定された適職の修得可能程度を判定すること、<15>適職就業を目途としての職業的訓練、職業指導の要否を判定し必要な施設について判定することとされている。

(四)  本件文書(判定書の写し)の原本は、右のような目的と指針に基づいて行われた申立人に対する医学的・心理学的及び職能的判定の結果を記載したものであり、判定業務を行つた横浜市身体障害者更生相談所長は、横浜市港北福祉事務所長からの求めにより、身体障害者福祉法施行規則(施行規則という。)二条別表第一号の様式による判定書の原本を交付したものと推認される(施行規則二条)。そして、右判定書には、申立人の人定事項、判定年月日、障害名及び程度(級)のほか、右<1>ないし<15>の指針に基づき判定会議の方式によりなされた判定を前提として、総合判定、医学的判定(障害状況及び意見)、心理学的判定(評価所見及び意見)、職能的判定(評価所見及び意見)に関する事項が記載されているものと推認される(施行規則二条別表第一号)。横浜市港北福祉事務所は、右の判定を重要な基礎資料とし、申立人の生活の実情、環境等の調査結果により申立人に対する更生援護の必要の有無及びその種類を判断し、その結果本件更生施設に申立人の入所の委託をしたものと推認されるのである(法九条五項、三項二号、一八条四項三号、昭和六〇年九月二〇日社更第一二六号厚生省社会局長通知第二の5)。

そうすると、本件文書の原本には、少なくとも、申立人の本件更生施設への入所前の障害の状況及び症状等についての事実認定に影響を及ぼす具体的事実及び相手方が申立人のリハビリテーションを行うに当たり負担することのある注意義務の内容を基礎づける具体的事実が記載されているものと推認される。また、前記のように、市町村は、『身体障害者の相談に応じ、その生活の実情、環境等を調査し、更生援護の必要の有無及びその種類を判断し、本人に対して、直接に、又は間接に社会的更生の方途を指導すること並びにこれに付随する業務』を行うに当たつて、特に医学的・心理学的及び職能的判定を必要とする場合には、身体障害者更生相談所の判定を求めなければならないものとされていることを考慮すると、相手方による申立人の排泄動作及び入浴動作を含む生活拠点での動作の確認の必要性(申立人は、相手方がその動作を見せるように要求したと主張しており、相手方は右主張を否認しているが、相手方がその必要性を申立人に説明したとの限度においては、当事者間に争いがない。)の有無の判断に影響を及ぼす可能性のある具体的事実が記載されている可能性がある。そして、本件文書は、右のような具体的事実が記載されているものと推認される判定書の、横浜市港北福祉事務所から送付された写しである。

(五)  ところで、本件更生施設への入所の委託は、行政処分である横浜市港北福祉事務所長の措置決定によるものであるから、同福祉事務所長と本件更生施設を開設する相手方との間には、申立人の更生援護についての準委任関係が成立するものと解される。そして、申立人と相手方との間においては、それが私法上の契約関係(児童福祉法二七条一項三号による県知事の措置により児童福祉施設に入所した児童の親権者と右施設との間に委託契約関係が発生すると判示する大阪高等裁判所昭和五五年八月二六日判決・判例時報九九七号一二一頁の考え方も参考となろう。)であれ、公法上の法律関係であれ、ともかく、申立人が相手方の設置する本件更生施設において、リハビリテーションを受けるという実質があることは明らかであるから、両者の間にはこれを律する法律関係が存在するものというべきである。そして、本件更生施設におけるリハビリテーションは、機能障害者の解剖生理学の見地からみて、合理的にして妥当な局所的治療を主目的とする矯正体操、滑車紐や重錘による筋力増強、間接運動、漸進的筋抵抗増力運動や全身的体力の快復増進、平衡棒、松葉杖等による歩行増進運動、マットエクササイズなどのいわゆる治療体操と自然に興味の湧く遊戯とを巧みに配合して、最大治療法効果を挙げるように努めることとされるとともに、医師の処方指示により障害者についての医学的理解はもとより性別、年齢等を考慮し運動の質と量とを勘案し、よく個性に応ずるものを課するようにして行われるものとされている(昭和六〇年一月二二日社更第四号・厚生省社会局長通知第2章第3の2、同二九年一一月二五日社発第九二四号・厚生省社会局長通知第2の1、2)。これらの事実に、リハビリテーション療法の特質及び前記説示の身体障害者福祉法の目的及びその法体系を併せると、本件更生施設において実施されるリハビリテーションは、相手方側の一方的な働きかけにより行われるべきものではなく、申立人側からの自発的な意思に基づく積極的な協力なくしてこれを行い得ないものであるだけでなく、相互の信頼を基礎として行われるべきものといえよう。ところで、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として、いわゆる安全配慮義務が一般的に認められるべきである(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)。したがつて、本件本案事件においても、転倒事故については主位的請求を相手方の信義則上の安全配慮義務の不履行を原因とする損害賠償の請求と考える余地もないとはいえないし、申立人は、予備的に不法行為による損害賠償も請求しているのである。したがつて、本件文書に記載されていると推認される事項ないし記載されている可能性のある事項は、申立人と相手方との右法律関係に関連する事項であるといえる。そして、本件文書は、横浜市港北福祉事務所が横浜市身体障害者更生相談所から交付を受けた判定書の写しを作成して、相手方に送付したものである。前記認定及び説示によると、本件文書の作成(判定書の写しを作成すること)の目的は、本件更生施設における申立人に対するリハビリテーション療法に資することにもあつたと推認されるから、前記リハビリテーション療法の特質に照らすと、本件文書が所持者ないし作成者の純然たる内部的事情に基づく自己使用の必要上作成されたものということはできない。

4  以上の次第であり、本件文書(相手方が所持していることは争いがない。)は、民事訴訟法三一二条三号後段に該当するものということができる。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡辺 等 裁判官 内藤正之 裁判官 木目田玲子)

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